<サマディとモクシャは別物>
(注記)このページは、ババ様の教えではないが、自分が何度もひかかることなので、備忘録として書いてみた。
サマディとモクシャは別物。
最終段階になった人は戻ってこないので、サマディはまだ途中段階。
結局、死ぬときに神またはそれに相当(二ルグナなど)するものになる(染まる)ことが大切。
そのためには、心がサットワの状態にあって いつでも放棄できることが重要で日頃から鍛錬しておくのが望ましい。
ラジャヨガ、クリヤヨガ、ヒマラヤヨガなどのヨガの修行の中でで、プラーナマーヤ、スシュムナ、チャクラ、シッディ(サムヤマによる超能力)などが出てくる。
それらの能力を開花させるだけでは不十分で、本来は、浄化を伴いながら(カイバリヤ=神的状態に達する)目標に進むべきものらしい。
人の自然の成長ではなく(無理やり?)危険がともなうので、必ず良き指導者のもとで行うことが望ましいと云われている。武道と同じで本を読むだけでは伝えきれないことがおおいいのだろう。ネットではイージに扱っているものもあるが、本来は結構ハードな修行らしい。
わざわざ頭上にパワーを注入?して光明?に入らなくても英知(JNANA)は得られるし、ごく短時間でよければ、それだけの状態(神的状態)を体験することは可能である。
最終目標に達することが出来るのならば、このヨガの方法は使わない方がいいだろう。
世の中に広がっている健康ためのヨガ、ハタヨガ(体操のヨガ)だけでは、助けにはなるかもしれないがサマディは得難いのはよくわかる。

2nd
Release
2025/10/15