歳を重ねるにつれておおかたの役割を終え、これ以上 この世に居る存在意味はないと思うようになってきた。 では、いったい、何があるのか? と自問する。
全託の放棄であろう。 それにより、この こびりついたエゴ(個別的な自己)が自然と消えていき、(不滅な)根源に戻るということなのかもしれないと理解するようになった。