<Jnanaヨギ的な私>
Jnanaは、また、Premaの一種であるような気がする。Premaの日本語訳は「愛」であるが、ここでは、「愛情」と解釈した方が分かりやすい。「愛するが故にすべてを理解する。」ように、愛情はその対象を理解することに結びついている。
「俊」プラス「一」が私の名であり、「俊」は才知がすぐれていることを意味し、「一」はひとつを示す。あるとき私は、自分が、すぐれた知
恵をもって神と一つになるJnanaヨギのような人生をあゆんでいることにき気づいた。もちろん、私は、インドの話の中に出てくるヨギのような生活をして
いる訳ではない。(今思い返してもよく続けてこれたと思うが)かれこれ18年間もサラリーマンをしている社会人である。
Light Up (ライトアップ)
「暗い部屋のなかで、あっちこっち手探りで、探しまわっても、上手く行かない。それより、明かり(ここでは英知)を灯して、まわりを明るくすれば、どうしたらよいのか自然と見えてくるよ。」
サラリーマンをしていると、何度も、転職や退職を考えると思う。
このLihgt Up(ライトアップ)の教えで解釈するとこうなる。「暗い部屋で探しまわる=転職」するより、神からの恩恵をいただいて、「仕事で困ったことが起こるたびに、どうしたらよか解決に導いてくれる知恵=英知(明かり)」を得た方がはるかにいいですよ。
ここで言う英知は、神から降ってくる愛である。
それゆへに、
Start day with
LOVE
Feel day with LOVE
End day with LOVE
と言われる。 つまり、神から降り注ぐ英知は愛であり、それは人をも助けるのであり、またそれは、周囲のものたちも助けることにつながっていくことであろう。
ほんの短時間だが、一度だけ、意識を伴って、光りの世界に、戻ったこがある。
この経験は、自分の力で戻った訳ではなく、強い祈りに答えて別の霊が導いてくれたのではあるが。後
年、この経験から、この目に見えこの耳に聞こえる、この現実と言う映画のような世界(マーヤ)を脱却すると、意識だけの、明るい光りのみの世界(言葉では
上手く表現できないが)に戻ることが理解できるようになった。